菅義偉氏 実家は貧乏ではなく高校へ進学!中卒の苦労人ではない?



菅義偉氏は2019年4月に内閣官房長官として、

新元号を「令和」と発表をして、

 

令和おじさんと呼ばれたりすることで、

全国的に注目を浴びる時の人になっています。

 

そんな菅義偉氏について令和おじさんになるまでの

生い立ちは、

 

安倍総理大臣や麻生太郎氏のような

スーパー家柄がいいボンボンではないことで、

よく、苦労人と呼ばれることが多いようです。

 

では、菅義偉氏は幼少の頃から高校時代を過ごした

秋田県湯沢市秋ノ宮にある実家は貧乏だったのでしょうか?

 

大物政治家の実家といえば、普通は豪邸を思い浮かべますけれども、

実際はどうなのでしょうか?

 

 

菅義偉氏の実家は秋田県湯沢市秋の宮に!

菅義偉氏は総務大臣を経験したり、内閣官房長官を

務めたりと、

出身地の秋田県ではよく知られている人物になりました。

 

しかし、菅氏の実家がある湯沢市秋ノ宮といえば、

秋田でも南東方向の端にある地域なので、

あまり知る人はいないかもしれません。

 

地図で見て分かる通り、秋の宮という場所は

山形県や宮城県に接するほど山奥であり、

秋田県でも中心的な場所ではありません。

 

 

そんなわけで、秋田県民の多くは秋の宮という地域を知らない人も多いですし、

立身出世をした菅官房長官をみて、

 

生家であった実家はさぞかし、豪邸で立派なのではないかという

憶測をする人もいるようです。

 

秋田県民ですら菅官房長官の実家を見たことがある人は

ほぼいないのですから、

全国の国民が菅官房長官の実家について

知るわけがありません。

 

菅義偉氏の実家はどこ?空き家は豪邸なのかと県民も関心?その実態は?

地元の人の話によると、菅義偉氏のお父様である和三郎さんが

亡くなって、

お母様は、お姉さま方が引き取っているということで、

菅義偉氏の実家は空き家になっています。(2018年現在)

 

菅義偉氏の実家は湯沢市秋の宮といっても

かなり広い。

 

住所を公開するのは控えさせていただきますが、

菅義偉氏の実家はこのあたりという場所を

お知らせしましょう。

 

菅義偉の実家の近くにいちご出荷組合も!秋の宮小学校が近い

菅義偉氏の父親である和三郎さんは

湯沢市秋ノ宮地域で冷涼な気候を利用して、

冬から春先に出荷される静岡のいちご、

栃木のいちごとは違い、

 

6月ごろに出荷できる遅出しいちごを

流通させることに尽力したことで

知られています。

 

そして、いちごを出荷する

いちご組合が

秋田県湯沢市秋ノ宮字中島46

に完成しています。

 

そして、このいちご組合の場所は、

菅義偉氏の実家に非常に近い場所です。

 

歩いて5分もかからないでしょう。

いちご組合の地図をみると、いちご組合の南西側に

菅義偉氏の出身小学校の旧秋ノ宮小学校が廃校になった跡地を活用した

「湯沢市雄勝スポーツセンター」があります。

 

菅義偉氏の実家は、いちご組合と「湯沢市雄勝スポーツセンター」の

中間地点付近とも言えます。

 

実家は豪邸なのか?

皆さん、興味がある菅義偉氏の生家は豪邸なんじゃないのかと

期待しているかもしれません。

 

確かに、田舎の家というのは農家さんが多いので、

敷地も大きいし、家も昔は大家族だったので

大きいことが多いです。

 

でも、菅義偉氏の実家は、普通の庶民の家でした。

 

家を見た感じは、特別風格を感じるわけでもなく、

お金持ちだったんだろうなとも思う様な

住宅ではありません。

 

かと言って、貧乏かといえば、

それは違っていると思われます。

 

完璧なお百姓ではなかったから、

家はコンパクトだったということなのでしょう。

 

菅義偉氏のご先祖の墓は実家からも近い!元横綱照国の生家もある

菅義偉氏は、忙しい中を時には故郷へ帰り、

父親やご先祖様が眠っている墓地へ

墓参りをしていると報道されたことがあります。

 

菅義偉氏のお墓の近くには常泉寺という

お寺があります。

菅義偉氏のご先祖様が眠るお墓は、

この常泉寺から南方向に少し離れたところにある

と言われています。

 

見たことはないので、お墓が好きな方で、

見に行ってみたいという方は、

常泉寺付近で、近所の人に聞いてみると直ぐにわかるでしょう。

 

お墓も、お寺も、菅義偉氏の実家から歩いて行ける距離で

近い場所にあります。

 

元横綱照国

そして、余談ですが、

元横綱照国の生家がこの常泉寺の近くにあります。

 

照国はかなり昔の偉人ですけれども、

昔は貧しい時代でしたし、農家であったことで、

親孝行をするためにも

相撲取りになったという逸話があるようです。

 

そして、横綱照国の本名は菅萬藏(すが まんぞう)

といいます。

 

菅義偉氏と同じ名字であることがわかります。

 

親戚とかではなく、

地域に多い名前ということなのでしょう。

 

菅義偉氏の実家からも近い場所なので、

太古の昔には何らかの因縁があったのかもしれませんが。

 

共通点は大雪が降る農村から東京へ脱出して

立身出世をしたということでしょう。

 

苦労人と言われる菅義偉氏、実家は貧乏だったそれとも裕福?

 

照国は貧乏から逃れるためにも状況して

相撲取りになりましたが、

菅義偉氏は貧乏から逃れるために

東京へ出たわけではないと思われます。

 

当時、実家から湯沢高校へ通学できたのは貧乏ではない証拠

菅義偉氏の実家は確かに、普通の家でしたけれども、

1948/12/6生まれで、

菅義偉氏が子供の頃というのは

今ほど日本は豊かになっていなかった時代です。

 

田舎で暮らす人は中学を卒業したら、

就職をしたり、定時制高校へ通ったりするのが

主流であって、

 

高校へ進学できるとういうのは、

仕事をする時間を3年も猶予してもらえるのですから、

わりと経済的にゆとりがある家庭でないと

できないことだったはずです。

 

菅義偉氏は地元の湯沢高校へ進学したと

言われていますけれども、

当時としては仮に自頭が良かったとしても、

家が貧しければ就職するしかない時代です。

 

父和三郎さんは出稼ぎには行かなくて済んだ!貧乏人ではなかった

 

総理の影: 菅義偉の正体という本でも

紹介されているように、

父親の和三郎さんは

冬に出稼ぎに行ったりはしていません。

 

秋田の山奥の雪が深い地域は、

冬場に現金収入が得られないので、

出稼ぎに行くのが当たり前の時代です。

 

議員をしていたということもあるのでしょうけれども、

貧乏な百姓とは一線を画していたと

いえるでしょう。

 

法政大学夜間を卒業して政治家へブレイクした生い立ちの土台には、高卒の実績

菅官房長官は苦労人だと言われますけれども、

当時、高校へ通学させてもらえたということを見ても、

 

そんなに貧しくて、どん底から這い上がったという

わけではなさそうです。

 

田中角栄は小学校卒で、なおかつ、極貧だった幼少時代

から身を起こしましたので、

田中角栄みたいな人は、本物の苦労人なのかもしれません。

 

菅官房長官が政治家になる最初のきっかけは、

法政大学法学部政治学科を卒業したことです。

 

夜間の大学だろうと、高校を卒業していなければ

入学資格はなかったはずです。

 

その意味では、当時、地元で高校に行かせてもらえたことが

政治家への道へつながったとも言えるでしょう。

 

まとめ

菅義偉氏の実家、見に行ってみたいと思う方は、

この記事の情報を頼りに、

その付近へ行ってみてはいかがでしょうか?

 

ちなみに、照国の生家は住所なども公開されています。

 

空き家になった菅義偉氏の実家は今後どうなるのでしょうか?

 

解体してなくなってしまうことも十分に考えられます。

 

または、中古住宅として売りに出る可能性もあるでしょう。

 

縁起のいい土地として人気化するかもしれません。

 

 

 

紅葉シーズンに秋の宮地域を旅する機会に

菅官房長官の生家を見に行ってみるのも

楽しいかもしれません。

 

参考記事⇒仙秋サンライン=国道108号の紅葉は秋の宮温泉郷の観光名所?鬼首峠付近は絶景

 

 

 





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