元谷芙美子アパホテル社長の自宅は港区麻布にある豪邸だけではなかった!

アパホテルといえば、良く知られたホテルの全国チェーンです。

アパホテルの経営は、元谷一族がおこなっておりまして、

社長は奥様の元谷芙美子さん(1947年生まれ)です。

 

「誰だって波瀾爆笑」<話題の名物社長!豪邸スペシャル>では、

元谷芙美子社長のご自宅が紹介されます。

 

 

元谷芙美子アパホテル社長の自宅は港区麻布にある豪邸!

港区麻布といえば、超高級住宅街で、バブル崩壊後の

不動産価格の値下がりがない物件もある都内でも超一等地です。

 

港区麻布のマンションを購入できるだけでも凄いですが、

元谷芙美子社長の自宅は一戸建てです。

 

しかも、都内にありがちな、土地が20坪などの大きさではなく、

田舎並みに土地が150坪もある敷地を構えていらっしゃいます。

 

土地の坪単価は東京オリンピックに向けて上昇傾向ですが、

元谷社長の自宅の土地の値段は坪当たり500万円超とも言われています。

 

元谷社長の住む港区で住宅を購入するといえば、通常は

マンションです。

 

港区では築年数がかなり古いマンションでも、

高値で取引されるので、自己資金は一千万円単位で

所有されている方が住む場所ですが、

 

元谷社長の自宅は、桁が違います。

 

土地の値段だけでも7.5億円

建物には8億円をかけて、

総額15億円もの費用をかけて自宅を建築しています。

 

元谷芙美子社長の自宅は鉄筋コンクリート造の可能性が高い!

元谷芙美子社長の自宅は建坪が1000㎡(302.5坪)もある豪邸で

間取りが8LDKの3階建てです。

 

通常の庶民の住宅は4LDKで100㎡くらいがスタンダードでしょうから、

10倍の大きさがあります。

 

1階にはガレージと玄関、100以上ある帽子を収納するスペースがあります。

 

ガレージにはメルセデスベンツ、BMW、フェラーリなどの外車を4台

所有しています。

 

1階部分はほぼ駐車スペースで2階にリビング、3階に浴室や寝室があります。

 

このような形態での造りでは木造ということはありませんので、

恐らく鉄筋コンクリート造の高い強度の施工だと推測できます。

 

2階にあるリビングの広さは100帖(50坪)あるといいますから、

アメリカンスタイルで広々リビングといっても30坪くらいでしょうから、

夫と息子さんと3人で住むためというよりも、

 

広い交友関係があって、友人・知人をパーティーに招くために

作られたような広さなのでしょう。

 

天井の高さも、4.7mあり、解放感は半端ではでありません。

 

冷暖房に要する空間が大きいので、お金を持っているというだけは

維持できません。

 

毎月、毎日のように現金収入がなければ住めないですね。

 

 

元谷芙美子社長のような豪邸は少ないですが、

時々、元谷社長の豪邸に近いご自宅を拝見することがあります。

 

元谷社長の自宅は広い浴室にジェットバスがついていて、サウナもあるのですが、

スケールの違いはあっても、サウナを設置しているお宅はたまにあります。

 

ただし、電気代がものすごくかかるらしいですね。

 

電気代が勿体ないと感じるような人では

サウナなどつくれないのでしょう。

 

元谷芙美子社長の生い立ちとは?

経歴
福井県福井市出身。1歳のときに福井地震で生家が倒壊したが、落ちてきた観音開きになった仏壇に守られて助かった。

お茶の水女子大学に進学し、学校教員になることを夢見ていたが、

父親が鉛中毒で倒れたため、福井県立藤島高等学校を卒業後、福井信用金庫に入庫。

北陸に拠点を置く金融機関の労働組合の会合にて、小松信用金庫(現・北陸信用金庫)に勤務していた元谷外志雄と知り合い、結婚した。

1971年、夫・外志雄が起業した信金開発株式会社(現アパ株式会社)の取締役を経て、1994年、アパホテル株式会社取締役社長に就任した。
半生での不幸を話題に講演を行ったり、不幸を克服した「強運」を売る「ふみこ携帯ストラップ」を作り自社ホテルで販売するなど、

自社の広告塔として活動した。

「私が社長です」のキャッチコピー、派手な帽子とミニスカートレディーススーツの“正装”風の姿、メディアへの大量露出で有名社長となる。

2001年、法政大学人間環境学部入学、2005年卒業。早稲田大学大学院公共経営研究科に入学、

2006年3月に修士号を取得、同年博士課程に合格した。その後、博士課程修了。

東京国際大学客員教授。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E8%B0%B7%E8%8A%99%E7%BE%8E%E5%AD%90

 

元谷芙美子社長は1947年生まれですが、

1948年にマグニチュード7.1の福井地震で被災していたのですが、

不幸中の幸いで助かっていました。

 

福井地震の被害:

発生当時戦後最多となる死者を出し、大正関東地震(関東大震災)、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、

東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)などと並ぶ、日本の災害史上最悪クラスの震災となった。

2015年現在も東日本大震災、阪神・淡路大震災に次ぐ戦後3番目の規模の震災である。

死者の大部分が、当時あわせて人口15万前後にすぎなかった福井市および現在の坂井市、

あわら市に集中しており、その被害率は、日本の近代史上でも類をみない。

 

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E5%9C%B0%E9%9C%87

 

福井地震では死者3,769名もでた大地震です。

 

元谷芙美子社長が倒れてきた仏壇のお蔭で助かったというのも

運がいいことを示すエピソードです。

 

元谷芙美子社長の自宅は麻布以外にも!

ちなみに麻布にある豪邸は東京の大学へ入学するために

建ててもらったとうことです。

 

麻布以外でも、

  • 長野県軽井沢、
  • 新潟県妙高高原

にも豪邸を所有しています。

 

やはりお金持ちというのはいい立地に住宅をかまえるようです。

金持ちが住む場所にいると金運がますますアップするのかもしれません。

 

余談ですが、2015年の年末ジャンボ宝くじで1等10億円が

妙高市栗原にある新井チャンスセンターで出ました。

 

新潟県では妙高だけです。

 

元谷芙美子社長の場合は、麻布、妙高高原、軽井沢といった

セレブがいる場所に自宅を構えて

 

セレブのオーラを出しています。

 

元谷芙美子社長とは?

 

元谷芙美子社長は、アパホテルや不動産会社を経営しています。

 

これまで日本経済も順風満帆ではありませんでしたし、

倒産した不動産会社、建築会社、ホテルは多くありました。

 

その意味では、経営者として並々ならぬ才能があるのだと思います。

 

 

美味しいと評判のアパ社長カレーのパッケージにも

顔写真が出ているのですけれども、

 

元谷芙美子社長の目は小さいのが特徴です。

 

目が小さいのは、

注意深い性格で成功者に多いといわれる面相です。

 

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