永六輔さん 病気と闘いながらも大往生!



永六輔さんが83歳で永眠されました。

病気との闘病生活も克服しながら、

 

2016年6月下旬までラジオパーソナリティを務めるという

精神力には感服するばかりです。

 

まさしく、大往生といってもよいのでは

ないでしょうか?

 

 

永六輔さんの訃報 その経歴とは?

永六輔さん
 草創期のテレビ界で放送作家として活躍し、「上を向いて歩こう」をはじめ

多数のヒット曲を作詞するなど多方面で才能を発揮した

永六輔(えい・ろくすけ、本名・永孝雄=えい・たかお)さんが

死去したことが11日分かった。

 83歳だった。

 東京・浅草出身。10代の頃のNHKラジオへの投稿がきっかけで放送作家の道へ進む。

ラジオや草創期のテレビ番組に携わり、1961年から66年まで

放送されたNHK「夢であいましょう」などの人気番組の脚本を書くかたわら、

自らも番組に出演し、独特の早口なしゃべりで人気者になった。

 作詞家としては、中村八大さんが作曲し、

水原弘さんが歌った「黒い花びら」が59年に第1回日本レコード大賞を受賞。

以後も中村さんとのコンビで「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」

「遠くへ行きたい」などの国民的ヒット曲を送り出した。

出典:永六輔さん死去…放送作家・作詞など多方面活躍

 

永六輔さんの経歴からも、生きざまがうかがえます。

永六輔さんはなくなりましたが、

 

多くの名作は残り続けます。

 

永六輔さん大往生の著書を書いた原動力は早稲田大学第二文学部に

永六輔さんは「大往生」という著書が過去にベストセラーになっています。

本の内容は次のようなものです。

人はみな必ず死ぬ.死なないわけにはいかない。それなら,人間らしい死を迎えるために,深刻ぶらずに,

もっと気楽に「老い」「病い」,そして「死」を語りあおう。

本書は,全国津々浦々を旅するなかで聞いた,心にしみる庶民のホンネや寸言をちりばめつつ,

自在に書き綴られた人生の知恵.死への確かなまなざしが,生の尊さを照らし出す。

出典:大往生

 

全国を津々浦々、旅する中で聞いた、心にしみる庶民の本音を

ちりばめているあたりが、

 

余計に共感を呼んでいました。

 

永六輔さんは宗教家の立場で本を書いているのではなく、

個人の随筆として描いたものですが、

 

庶民の声を拾い上げるという作風は

早稲田大学第二文学部で学びながら、

 

民俗学者であった宮本常一氏の影響を受けたことも

影響をしているのではないでしょうか?

 

参考までに民俗学者宮本氏の経歴を見てみましょう。

 

学生時代に柳田國男の研究に関心を示し、その後渋沢敬三に見込まれて本格的に民俗学の研究を行うようになった。

1930年代から1981年に亡くなるまで、生涯に渡り日本各地をフィールドワークし続け

(1200軒以上の民家に宿泊したと言われる)、膨大な記録を残した。

宮本の民俗学は非常に幅が広く、中でも生活用具や技術に関心を寄せ、

民具学という新たな領域を築いた。

宮本が所属したアチックミューゼアムは、後に日本常民文化研究所となり、

神奈川大学に吸収されて網野善彦の活動の場となった。

出典:宮本常一 経歴

 

永六輔さんのベストセラーも民俗学者的なフィールドワークの中から、

生まれているといってもよいのではないでしょうか?

 

永六輔さんは早稲田大学第二文学部を中退しているのですが、

いわゆる、早稲田の二文は中退する方がいいという評判があるのも

 

永六輔さんのような

大物が出ているからです。

 

同じく早稲田大学第二文学部を卒業していないのはタモリさんなど

卒業しないほうがいいといった都市伝説が生まれてしまいました。

 

永六輔さん 病気を克服しながら最後までラジオパーソナリティを務めた生きざまにマムシも「大往生」と!

永六輔さんと同様にTBSラジオでともに活躍している

毒蝮三太夫さんは永六輔さんの訃報をうけて、

 

「大往生じゃないかな?」と、永六輔さんの生きざまを

語っています。

 

パーキンソン病や膀胱がんを患いながらも、

以前のような滑舌のよいしゃべりがなくなっていましたが、

 

生涯現役を貫いた点は「大往生」だと言わしめるだけの

ことはあります。

 

 

民俗学者的な興味から著書「大往生」を

書いただけではなく、永六輔さん自身が大往生を

遂げたといえるのではないでしょうか?

 

長い人生には永六輔さんのように難病との

闘いもありえるのですが、

 

うまく病気と付き合いながらも

最後まで永六輔さんらしくラジオへの復帰も目指す前向きさ。

 

診断によると死因は呼吸器系の疾患であると

言われていますが、

 

状況的にはほぼ老衰ではないかと

医師が語ったところもまた、

大往生だったと感じさせるエピソードです。

 

心からご冥福をお祈りいたします。

 





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