宝塚歌劇団を退団後「遥海おおら」の現在は転職先=赤城フーズの常務!その経歴とは?



遥海おおらさん(本名は遠山昌子)といえば、元宝塚歌劇団で男役を務めた女性です。

 

宝塚歌劇団86期生として、宙組の男役として活躍していました。

 

遥海おおらさんの同期は43名いるのですが、まだ現役で活躍している人もいれば、

退団していく人も多数います。

 

2005年に退団した遥海おおらさんは芸能界へは入らず、転職先赤城フーズ

常務を務めている経歴を見ていきます。

 

 

元タカラジェンヌ「遥海おおら」として活躍した経歴と退団後の転職先は?

遥海おおらさんの宝塚での活動を時系列で確認すると、

  • 1998年 宝塚音楽が校へ入学
  • 2000年 宝塚歌劇団に入団
  • 2005年 宝塚歌劇団を退団

 

という流れになります。

 

退団する理由や時期は人によってまちまちなのですが、

遥海おおらさんの場合は、赤城フーズという群馬県にある会社の社長を

祖父の松永秀雄さんがつとめていましたが、病気になったことで、

宝塚歌劇団を退団することになりました。

 

今現在は赤城フーズという会社の常務取締役を務めていらっしゃいます。

 

宝塚歌劇団を退団後、芸能界で仕事を探す人たちと違い、実業界で活躍!

宝塚歌劇団を退団した後は、一般的には

芸能界で女優やタレントの仕事で収入を得ていく人たちが多いです。

 

宝塚歌劇団という場所は憧れや趣味で活躍する場所で

決して高収入ではありません。

 

宝塚歌劇団を退団した後の芸能界での活躍で

より知名度が増して、高収入を得ていく人たちが

元トップスターだった人たちにとってのチャンスです。

 

芸能界に入れたとしても、仕事というのは中々来るものではなくて、

一定の期間は貯金の取り崩しで生活をするような下積み時代を経て、

 

芸能界でのブレイクにつながる人もいるのですが、

必ずしも皆がそうではありません。

 

遥海おおらさんは芸能界ではなく祖父が経営していた赤城フーズへ転職!出身高校は名門進学校だった!

祖父が経営していた会社があったという点では一般的な転職よりも

恵まれた機会を得られたということですが、

 

実際に一般の会社で働くような資質がなければ務まらないですね。

 

遥海おおらさんは、群馬県前橋市出身で、

出身高校は宝塚歌劇団に入団する人たちの中では珍しい

名門進学校でした。

 

群馬県立前橋女子高校の出身で、

群馬県の女子高では高崎女子高と双璧をなす

進学校です。

 

ですから、普通のコースでは有名な大学へ進学して、

その後は一般企業への就職などが当たり前の進路だったはずですが、

 

なぜか、宝塚歌劇団へ入団した異色の存在です。

 

群馬県の公立高校のレベルの高さを示すのは総理大臣を4名輩出している点に

表れています。

 

群馬県は総理大臣を4人か輩出しています。

 

  1. 福田赳夫(高崎高校出身)
  2. 中曽根康弘(高崎高校出身)
  3. 小渕恵三
  4. 福田康夫

という感じで、高崎高校出身者が2名もいます。

 

高崎高校と前橋高校は群馬では男子校で双璧をなします。

 

遥海おおらさんは群馬県前橋市出身で公立のトップ校を卒業しているのですが、

レベルの高さが分かりますね。

 

赤城フーズとは?

遥海おおらさんが常務をつとめる赤城フーズは

カリカリ梅」で有名なのですが、

 

熱中カリカリ梅」は熱中症対策の新商品として、遥海おおらさんが

開発した商品です。

 

宝塚トップスターだった天海祐希の出身地である東上野についてはこちら!

 

アイディア力も抜群ですね。

 

 





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