大隅良典東工大教授がオートファジーでノーベル賞!妻が支えた酵母研究の経歴とは?



大隅良典東工大教授が、ノーベル医学・生理学賞を受賞しました。

大隅良典教授は、2013年 に トムソン・ロイター引用栄誉賞を受賞していて、

ノーベル賞候補とされてきました。

 

2013年から3年を経て、ノーベル賞受賞となりました。

研究テーマは『オートファジーの分子メカニズムおよび生理学的機能の解明』です。

 

研究者という将来が約束されていない仕事を目指しながら、

ノーベル賞受賞までの道のりは平たんではなく、

の支えが必要な時期もありました。

 

具体的に、大隅良典教授の経歴についてみていきます。

 

 

大隅良典東工大教授がオートファジーでノーベル賞!

スウェーデンのカロリンスカ研究所は3日、2016年のノーベル医学・生理学賞を、

飢餓状態に陥った細胞が自らのタンパク質を食べて栄養源にする

自食作用「オートファジー」の仕組みを解明した

東京工業大の大隅良典栄誉教授(71)に授与すると発表した。

生命活動に欠かせない基本的な現象を明らかにし、

医学や生物学の進歩に大きく貢献した功績が評価された。 

出典:大隅良典氏にノーベル医学・生理学賞 「オートファジー」の仕組みを解明

 

今年のノーベル賞候補の一人として予想されていましたが、

今後ますます、細胞や分子生物学に注目が集まりそうです。

 

大隅教授が発見したオートファジーとは?

同じくノーベル賞候補である、森和俊教授の本「細胞の中の分子生物学」

という本の中で、オートファージと大隅良典教授のことが書かれてあります。

 

顕微鏡観察が好きな酵母の研究者である大隅は、

酵母を栄養飢餓条件下で培養すると、

まさにオートファジーが起こることを見出したのです。

出典:細胞の中の分子生物学 最新・生命科学入門 (ブルーバックス) 

 

そして、大隅教授の発見がきっかけになって、

オートファジーの仕組みが分かり始めたのです。

 

医療への応用が進み始めた瞬間でした。

 

酵母にかかわる研究をすることがなければ、

ノーベル賞受賞には至らなかったともいえます。

 

大隅教授が酵母に出会うまでの経歴についてみていきましょう。

大隅良典東工大教授がオートファジーでノーベル賞!妻が支えた酵母研究の経歴とは?

大隅教授は3人兄弟の末っ子として、1945/2/9生まれで、

福岡県福岡市出身です。

 

 

福岡市立 香椎小学校

福岡市立  香椎中学校

という普通の公立学校で学びます。

 

福岡にはホリエモンの出身校である

久留米大付設中学・高校という名門私立もあるのですけれども、

 

高校についても、公立高校へ進学します。

県立福岡高校を卒業しています。

 

高校については、

⇒大隅良典教授は福岡高校出身で化学部部長、頭がよかった!
をご参照ください。

 

高校卒業後、1963年東京大学教養学部理科Ⅱ類に入学します。

その後の経歴は次の通りです。

 

1967年 – 東京大学教養学部卒業

1972年 – 東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得満期退学

1974年 – ロックフェラー大学博士研究員⇒(酵母との出会い)

1977年 – 東京大学理学部助手

1986年 – 東京大学理学部講師

1988年 – 東京大学教養学部助教授

1996年 – 基礎生物学研究所教授

2004年 – 総合研究大学院大学生命科学研究科教授

2009年 – 基礎生物学研究所名誉教授

2009年 – 総合研究大学院大学名誉教授

2009年 – 東京工業大学統合研究院特任教

 

以上の経歴をみると順風満帆のようにも見えるのですけれども、

1972年の東大博士課程終了後、浪人をしています。

 

浪人期間中の2年間は、既に結婚をしていた大隅教授ですが、

妻が生計を支えてくれていました。

 

その後、仕事がきまらないまま、転機がくるのが、

1974年の ロックフェラー大学博士研究員として

留学です。

 

留学時に酵母との研究に出会います。

 

酵母の顕微鏡による観察がオートファジーが起こる瞬間をとらえて、

その後、多くの賞を受賞し、

ノーベル賞も受賞できました。

 

浪人時代に妻の支えがあり、先生の助言や妻の支えのもとで、

留学が実現でき、酵母研究に携わるきっけけができたという

苦難を乗り越えてきた経歴の持ち主です。

 

東大生は忍耐強いといいますが、

研究には忍耐力が必要ですね。

 





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