荘川村の荘川桜は移植できたが合掌造り集落は御母衣湖に沈んで消滅!




岐阜県荘川村御母衣湖(みぼろこ)に

沈んだ村として消滅しました。

 

御母衣ダムを建設して湖をつくることは目的があって

荘川村がダム湖に沈んだ理由は

水力発電事業にありました。

 

電力を得たい人たちの為に先祖代々住み続けてきた

故郷が消えるというのは

いたたまれないものです。

 

荘川村に住む人たちは家やお墓だけではなく、

村のシンボルであった樹齢400年の桜の木も荘川桜として移動しました。

 

ただし、荘川村にあった合掌造り集落がある景観を

失ってしまいました。

 

 

「御母衣湖に消えた故郷」=荘川村はどこにあったのか?

荘川村の北端に御母衣ダムが建設されました。

高さ131mの御母衣ダムにせき止められた下流に御母衣湖ができて

 

荘川村は湖に沈み消滅しました。

ダムと湖のある場所を地図で見てみましょう。

荘川村の当時の中心部は標高800mであったことからわかる通り、

緑豊かなんてものではないです。

 

山奥の湖ですね。

ダムの水は水力発電に活用されています。

 

荘川村がダム湖=御母衣湖に沈んだ理由は水力発電事業

荘川村がダム湖である御母衣湖に沈むことになったのは

周辺地域へ電力を供給するための水力発電事業計画でした。

 

御母衣ダム本体が建築着工されたのが1958年4月で完成したのが1961年です。

 

今の時代であれば電力需要にこたえる方法は原子力なり、

風力なり様々な方法が考えられるのですが、

 

豊富な水を蓄えられるだろうと考えられた

高い標高の村はダムの建設と共に御母衣湖ができて

消滅してしまいました。

 

荘川桜は移植されたが、荘川村がダム湖に沈んで世界遺産級の合掌造り集落が消滅!

荘川村はダムが完成して御母衣湖に沈むことになるにあたって

荘川村の人たちは失うものが多かったと思います。

 

174世帯、200戸、1200人が長年住んだ故郷がなくなるわけですし、

田畑や愛着のある家もなくなります。

 

御母衣湖周辺には五箇山や白川郷などがあるのですが、

合掌造り集落で世界遺産に登録されています。

 

荘川村も合掌造りの家がある集落がありました。

 

合掌造りの家は移築されたのででょうけれども、

合掌造りがある集落全体の景観は

もうありません。

 

因みに移築先は「飛騨荘川の里」となって

合掌造りの家だけが残されています。

 

日本は世界遺産級の荘川村を電力供給という

人々の利便性や欲求をかなえるために

なくしてしまったといえるのではないでしょうか?

 

荘川村にあった樹齢400年の桜の木も

御母衣湖に沈み失うところでしたが

桜の木については移植をする動きが出ました。

 

今では荘川桜として桜の名所になっています。

 

⇒大川小の悲劇は「消えた故郷 長面地区」だけでなく通学区域の人口減少と集落消滅の危機?

 

荘川桜はどこにある?

花見の名所として知られるようになった荘川桜がどこにあるのか

地図で確認しましょう。

荘川桜があるのは御母衣湖に沿って走る

国道156号線(白川街道)沿いであることがわかりあます。

 

所在地としては「岐阜県高山市荘川町中野」となります。

 

 

 

 





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