哀川翔 カブトムシ飼育と心肺停止から生還には関係があった!



哀川翔さんは、テレビやラジオでカブトムシやメダカなどの飼育をしていることが

紹介されています。

 

カブトムシについては、2016年現在で飼育歴14年を誇っているといいますけれども、

実は、カブトムシの飼育というのは、

 

哀川翔さんが心肺停止状態になり、臨死体験をしたときの

経験からも強いつながりがあることが分かります。

 

哀川翔さんとカブトムシとの関係を

1995年に経験した臨死体験との関係で説明していきます。

 

哀川翔が心肺停止時に見た臨死体験を『ザ!世界仰天ニュース』で告白 

1995年1月末。都内の小さな飲み屋でのこと。
一緒にいたのは当時婚約者だった公美さんと俳優仲間の柳葉敏郎さんと渡部篤郎さん。
彼らはプライベートでも仲が良い友達同士。いつも通り盛り上がっていた。

やがて、気持ち良くなり、次第にウトウト。
そして…哀川の妙な癖。飲むとすぐ眠くなり横になるが4、5分で必ず起きる。

いつもの様に哀川が横になって、5分ほど過ぎたころ。
普段ならそろそろ起きてもいい頃…しかしいつもより長すぎる。
この時、不安になった公美さんはとっさに呼吸と心音を確認すると…動いていない!

なんと哀川はこの時、心肺停止状態になっていた!
仲間たちは救急車がくる前に、哀川を玄関外まで運び出した。
心肺停止に気づいてからおよそ5分が経過。救急隊が到着!
すぐに救急車へと運ばれた。

出典:死の世界を見た哀川翔2016/8/10

 

1995年に哀川翔さん(当時34歳)と青地公美は結婚していますが、

1995年1月時点では、まだ婚約者という段階。

 

仲間と一緒にいつものようにアルコールを飲んでいたところ、

心肺停止状態になってしまいます。

 

飲み屋で心肺停止状態になる前1週間前にも

世田谷の自宅で心肺停止を経験して

 

救急車が到着した時に

自然に心肺停止から自然に回復していました。

 

しかし、2回目の心肺停止では5分以上意識がなく、

通常であれば、脳に障害が残ってしまうような

状況にもありながら、奇跡的に後遺症もなく、

回復していました。

 

哀川翔が心肺停止状態から生還するときに何を見て感じたのか?

心臓マッサージや電気ショックを3回を救急車の中で施して、

公美さんの呼びかけに対して、哀川翔さんが

呼吸を開始して、手を上にあげ始めました。

 

つまり、心肺停止からの奇跡的な回復です。

 

哀川さんが奇跡的に生還したときに、

オガクズの中にもぐっているから、

 

はやくオガクズの中から這い上がらなければならないと

感じて、手を上に伸ばし始めて、

 

オガクズから脱出できた時に、

意識が戻ったというのです。

 

しかも、臨死体験をした時に、オガクズの匂いも

感じていたといいます。

 

テレビ番組『ザ!世界仰天ニュース』では、カブトムシとの関連に

突っ込みを入れる人はいませんでしたが、

実はオガクズとカブトムシとは密接な関連があります。

 

カブトムシは製材所のおがくずの中に多く生息し、さなぎが成虫になる!

カブトムシを大量に生み育てる環境というのは、

大量のオガクズがある場所です。

 

田舎の製材所からでる大量のオガクズがてんこ盛りに

なっているところを夏に掘り起こすと、

 

カブトムシの幼虫、さなぎ、成虫を発見することができます。

 

哀川翔 カブトムシ飼育と臨死体験には関連が!

哀川翔さんが世田谷の自宅や、茨城県でカブトムシの飼育歴が2016年で14年ですから、

飼育開始したのが、2002年頃からということになります。

 

鹿児島時代の子供のころにカブトムシの飼育経験も

あったかもしれません。

 

また、1995年1月に臨死体験をしたときに、

哀川翔さんがオガクズの中から這い上がったという経験をしています。

 

まるでカブトムシがさなぎから成虫になるような

体験をしたことがわかります。

 

哀川翔さんは趣味でカブトムシを飼育しているというには

説明がつかないくらいの量を飼育してきましたので、

 

カブトムシと哀川翔さんとのつながりは

何か深い因縁でもあるのかもしれません。

 

哀川翔の父はカブトムシのようにはかない命だった!NHK「ファミリーヒストリー」で紹介!

 

哀川翔さんは5歳の時に父を亡くし、ルーツを知らない。先祖は佐賀鍋島藩士。島原の乱で戦っていた。

そして、祖父は元満州国官僚。終戦直後に壮絶な最後を遂げたことが明らかに。

当時、病気療養で日本に帰国し助かった父。父は戦後、海上自衛隊のパイロットとなる。

その決断の裏には、祖父と父が交わした、ある約束があった。

哀川翔という芸名は、「哀」しみを「川」に流して「翔」びたて。

家族の歴史を背負っていた。

出典:「哀川翔~哀(かな)しみを川に流して翔びたて 涙の真実~」

 

哀川翔さんのお父様は、海上自衛隊のパイロットでした。

 

1967年に哀川翔さんが5歳のときに、

生まれ故郷である徳島県沖上空で

 

空中衝突の事故に巻き込まれて、乗員10名が、

亡くなっています。

 

哀川翔さんのお父様はパイロットとして、

若くしてなくなったことも、

 

カブトムシも空を飛び、寿命が決して長くないことから、

 

命の大切さを感じる対象として、

ひきつけられているのかもしれません。





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