須賀川市「松明あかし」の由来は鎮魂だった!火祭りの起源やアクセス方法をwiki風に確認!



 福島県須賀川市では毎年11月の第2土曜日に

開催されるのが

 

三大火祭りの1つ「松明あかし」です。

 

松明の読み方は「たいまつ」です。

 

須賀川市で開催される巨大火柱が何本も立ち上がる

松明あかしの意味由来についてWIKI風に見ていきます。

 

 

 「松明あかし」の松明とは?

 

松明(たいまつ)を燃やす祭りですが、

巨大さに圧倒されます。

 

特に、「大松明」は長さが10mで、

重さが3トンもあります。

 

松明のてっぺんに火を点火して、

 

燃え上がるのを皆で見物する

お祭りです。

 

ドローンで10mの高さのてっぺんに火をつけるのではなく、

人がよじ登って、火をつけるのは、見ていて 

かなり危険な感じもします。

 

松明あかしの由来は?

 

松明あかしは須賀川のお祭りですが、

日本全国で行われている盆踊りの由来が

 

鎮魂の意味があるように、

須賀川の「松明あかし」も

祝いの祭りではなく、 鎮魂の祭りです。

 

松明あかしの「あかし」とは、

神仏にささげるあかりのことを指します。

 

つまり、ご自宅で、神棚にともす「ろうそく」、

仏壇にともす「ろうそく」も

「あかし」といえるのでしょうが、

 

それをカヤで作って、巨大化したものが

「松明あかし」ということになります。

 

400年以上前から続く松明あかしの起源は?

 

今から400年以上前の戦国時代に、

東北の宮城、山形の米沢、福島の一帯を

統一しようと宮城県の伊達政宗が

 

宮城県から福島県に南下して攻めてきました。

 

福島県南部にある須賀川市にも、

伊達政宗が奥州制覇を目指して、

 

攻めてきました。

 

須賀川にも須賀川城があって、

須賀川を守っていたのが、

 

須賀川城主の二階堂家「大乗院」という

女性城主です。

 

大乗院は、伊達家から嫁いだ伊達政宗の

叔母に当たる人だったのですが、

 

伊達政宗との戦に参戦します。

 

1589年10月29日に

伊達政宗は須賀川城に攻めてきますが、

 

伊達に寝返った家臣によって放たれた火が

場内に燃え広がって、

 

須賀川の町が炎上してしまいます。

 

結果的に伊達軍が勝利を収めるのですが、

両軍から数千人もの大量の死者がでることになりました。

 

その後、霊やお化けでも出たのかは不明ですが、

江戸時代になって、

 

戦で亡くなった人々を弔おうという機運が生まれて、

松明を持って山に登るような動きが出てきました。

 

松明あかしの由来や、起源が

戦の死者を弔い鎮魂を祈る

 

須賀川市民の気持ちがきっかけ

だったのですね。

 

最近では、東日本大震災で多くの人が亡くなりましたから、

東日本大震災で亡くなった人への鎮魂の意味も

あるのでしょう。

 

松明あかしの場所はどこ?アクセス方法を確認!

 

松明あかしの会場は五老山(ごろうざん)になります

五老山は「日本の都市公園100選」のひとつである

翠ヶ丘公園」内ににあります。

 

松明あかしが開催される場所へのアクセスですが、

 

  • JR須賀川駅から徒歩 15分
  • 東北自動車道 須賀川 I.C から車で 5分

ですから、駅からも歩けます。

 

東京駅から新幹線で約1時間でアクセスできます。

 

渋滞を避ける意味では歩いた方がいいのですが、

駐車場も約2,000台分が会場周辺に確保されています。

 

東京・埼玉方面からなら

福島は1日で往復はできる距離です。

 

日本三大盆踊り「阿波踊り」についてはこちら!

 

テレビ東京系「ウソのような本当の瞬間!30秒後に絶対見られるTV」

で2015/12/15の放送で

 

「日本の知られざる奇祭」として、天まで届くほどの炎を噴き上げる祭り

として紹介されています。

 

 





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